【めんどくさい都督】  

「……ですから、あなたは私が好きなのではなかったのですか?」
このセリフを言うまでの都督の葛藤を思うと床ローリングで夜も眠れません。ので、その葛藤を詳細に妄想して書いてみました!









――公瑾さんのことが、好きだからです


「……とく」
「…都督」
「周都督!」
名を呼ばれ驚いた拍子に、手元にあった大量の竹簡が机から落ちてしまった。
「ああ!都督!大丈夫ですか?」
声をかけた雑用の男が慌てて駆け寄り、落ちた竹簡を拾う。「ああ……すまない」
私がそう声をかけると、その男は心配そうに顔を覗き込んできた。
「大丈夫ですか?最近いつもぼーっとされていて……まだ傷が痛むんですか?」
「ああ、いや。大丈夫。傷はもう治りました」
「そうですか?」
疑わしそうな男に、私はにっこりと微笑み返した。
「ええ。……ところで、これはまだ読んでいないのです。取りに来るのは昼過ぎにしてくれますか?」
私がそう言うと、男は驚いたような顔をした。
当然だろう。これくらいならいつもだったらすぐに読み、指示を与え、次の竹簡を持ってくるように命じているところだ。
調子が悪いのかと心配そうな顔になった男に、私は曖昧に手を振った。
「いえ、体調はいいのですがまだ……カンが戻っていないというか。少し一人にして欲しいのですが」
「……はい」
男はまだ私の体調についていろいろ聞きたそうだったが、私が視線を竹簡に落とすと、不承不承頷いて執務室から出て行ってくれた。

「……ふう」
思わずため息が口をついて出る。
いらぬ心配をかけてしまうのは本意ではないし、そもそも寝込んでいたせいでかなりの執務が溜まっている。今は玄徳殿もここ京に滞在しているせいでその分の差配もこなし、尚香様との結婚式の後始末と今後についても考えなくてはいけない。ぼんやりしている暇はないのだ。
私は再び竹簡に視線をおとし、字を追って行った。この上申書の内容は、先の戦で負傷した兵たちに対する報奨金と見舞金に関するもので………


公瑾さんのことが、好きだから……だから、公瑾さんに生きていて欲しいんです


そう言ったときの彼女の瞳は、とても澄んでいた。大きな茶色の瞳には、驚いた私の顔が映っていた。
……つまり、まあ、そういうことなのだろう。
彼女は、私のことを……その、好きなのだ。本人がそう言っていたのだから間違いないだろう。
私は唇を引き結んで、緩みそうになる頬を引き締めた。
傷が化膿して寝込んでいるときいつでも、となりを見ると彼女がいた。そして手を握っていてくれたのだ。
「……そう、好きでなければできないはず」

なのに何故。

何故、私はここに一人座り、面白くもない竹簡を延々と眺めているのだろうか。仕事に戻ることができるようになってから、かなりの日が経っている。
仲謀様を初め、尚香様、大喬様、小喬様、果ては玄徳殿まで挨拶にこの部屋に訪れたというのに、何故花殿は来ないのか。会いたくないとでも言うのか?
「いや、まさか」
私は思わず声に出してつぶやいた。

公瑾さんがずっと悲しいままなんて……そんなの、嫌なんです

私に剣を向けられてもひるむことなくまっすぐに私を見ていたあの瞳。私に対する……愛情があふれるほど込められていた。いやこれは自惚れでも妄想でもなく本当に。
二人で過去の世界に跳んでしばらく生活を共にしたことや、戦場やこの城でも同じ時間を過ごしたことで、彼女が私に好意を持ったのだろうということは理解ができる。なぜなら私も……なんというのか、情がうつるというのかなついてくる仔犬を蹴り飛ばせないというか、その……やぶさかではない心持ちであると言ってもいい感じになっているから。

毒矢のせいで悪夢を見続けていたとき、私を許してくれる優しい声と暖かい手のぬくもりに幾度も救われた。あれは花殿だったのだ。
孫家のために手段を選ばず汚い手を使い、死に急ぐように危険な場所に趣いていた私を、彼女は許してくれた。優しい人だと………そんな私を好きだと言ってくれたのだ。

なのに何故。

私の熱も下がり食欲が出てきたとたん、彼女は私の部屋に来なくなった。医者に止められたのかと、元気になれば会えるかと思って、廊下や中庭を……探すというわけではなく、少し広範囲に散歩してみたのに彼女とは会わなかった。一日三回、場所を変えて散歩をしているというのに会わない方が不自然極まりない。子敬殿や大喬、小喬殿には嫌というほどお会いしたというのに。
私は三人にあったときのことを思い出して顔をしかめた。

『こーきーん!花ちゃん、探してるの?』
『花ちゃん、今はお部屋にいるよ〜』
『……散歩をしているだけです。怪我のせいで体がなまってしま……』
『午後は、玄徳様たちと街に出かけるんだって!』
『玄徳様、初めて見たけどかっこいいよねー!』
『ねー!』
『ふおっふおっふおっ。女人に人気があるそうですな。城の侍女たちも騒いでおりましたぞ』
『ああ!こーきーん!そんなに服をぎゅっと持ってると破れちゃうよ〜?』
『破れちゃうよ〜?』

バキッ!
手に持っていた竹簡が折れる音がして、私の物思いは破れた。
ふと机の上を見ると、読まなければ行けない竹簡は一つも読んでおらず、もちろん仕事も進んでいない。
私は舌打ちをする。
「あの方は本当に……!」
素直にさっさと私の私室でも執務室にでも来ればいいのだ。お茶くらいはいれてさしあげるし、もしご所望なら琵琶を一曲奏でるくらいはできなくもない。私の琵琶の音が綺麗だと言っていたがあれは嘘だったのか。

……ハッ!嘘……嘘、だと……?

まさか、私のことを好きだと言ったのも嘘ということはあるまいな?
私はふと思いついた考えに、手に持っていた竹簡をぎゅっと握った。そして思わず独り言をつぶやく。
「いや……それはないでしょう。嘘をついて一体彼女に何の得が……」
そこまで言いかけて、私はふと考えられる可能性を思いついて青ざめた。
……彼女は損得で動く女性ではない。優しい女性だから……もしかして、怪我で苦しんでいた私を勇気づけるためにあんな嘘を言ったのかもしれない。
「……」
しばらくその可能性について考えてみて、私はそれを却下した。
ありえない。例え勇気づけるためだとしても、彼女は命をかけていたのだ。「私を斬ることで公瑾さんが本当に救われるんなら――私を斬ってください」
こんなセリフを、嘘の気持ちからいえるような人ではない。彼女はもっと…真っ直ぐな人なのだから。
私はうんうんと自分に頷きながら、折れた竹簡を片付けようと席を立った。その時稲妻のように別の思いがひらめく。

ま、まさか……!まさか彼女は、玄徳殿に対する『好き』のように私のことを『好き』と言ったのでは……!

私はその場に立ちすくんだ。
以前、琵琶の弦を整えている時に彼女が言っていた。玄徳殿はかっこいいし頼もしいしが、女性が男性に対して思うような『好き』ではないと。兄に対するような思いだと。
まさか彼女は私に対しても同じような『好き』という意味で言ったなどということは……!
兄に対してなら、怪我が治れば安心して自分の生活に戻るのもわからないではない。しかし、私は……かっこいい……についてはよく女性から褒められるので自認してはいるが、頼もしいとは言えないだろうし、特に彼女に対しては散々意地悪をしてきたのだから、『兄』のように慕われ好かれるはずはない。だから兄に対しての好きという意味などでは断じてないはずだ。

では何故彼女は会いに来ないのだ。

……私が、彼女に会いに行けばいいという大喬様や小喬様の言葉もあったが、そもそも何故私がわざわざ行かなくてはいけないというのか。私は別に彼女に『好きだ』などと言っていない。ここは『好きだ』と言った彼女の方が来て、私の気持ちを確かめてしかるべきだろう。
彼女が素直に気持ちを伝えてくれて、私の気持ちを聞いてくれれば……まあ、それなりに応えてさしあげることもやぶさかではないが、何もわざわざ自分から会いにいく理由などないではないか。
男の方が、しかも好かれている方から、女性にすがるように会いに行ったり、帰らないでくれと乞い願うなど、私の美意識が許さない。
そもそも、私は美周郎と言われるだけあって女性に困ったことなどない。自分から好きだと言ったこともない。それをなぜ、あんな粗忽なぼんやりした突拍子もない、色気もない子供のような女性に言わなくてはいけないのか。
「ありえない」
私は思わずまたつぶやいてしまった。
そして力強く頷く。
そうだ、そんなことはありえない。これでいいのだ。我慢比べに負けるのは私ではなく彼女の方だろう。
私はそれをのんびり待っていればいいのだ。そうすれば熟れた実が手に落ちてくるように彼女も私のもとに来るに違いない。
しかし、今日玄徳軍は帰ると聞いている。花殿も……共に帰るのだろう。まあ、同盟もあるし尚香様の件もあるからこれからも連絡を取るのは可能だけれども、今のように気軽に会うことは難しくなるだろう。
彼女はこの世界のことをよく知らないから、そんなこともわかっていないかもしれない。だとしたら、一度帰る前に、さりげなくチャンスを与えてさしあげるのは、まあいいようにも思う。
いや、でもギリギリまで待って、それからの話で、そもそも私の方からチャンスを上げる必要などないのはわかりきってはいるのだが、だが……

「――っ、公瑾さん……!!」

バタン!と大きな音を開けて執務室の扉が開き、飛び込んできた。
花殿だ。
私は、頭に思い描いていたことが現実に飛び出したのかと思わず目を見開き、間が抜けた返事をしてしまった。
「……は、い?」
このあとに続く会話で、私はこれまで築き上げてきた価値観や美意識が全て崩れ去ることになるのだが、そんなことなどどうでもいいくらい、幸せな思いも味わうことになるのだった。











おしまい