【裸の都督】

  

脱がなかったですね……都督だけ……他はみんな脱いでたのに……。でもいーんです!都督は脱がない方がいいんです。ストイックで守りが固くてそんな都督が大好きです!ずっと脱がないままでいてください。代わりに私がここで脱がします!





ザバァッと音をたてて滝壺がからあがる公瑾を、花は冷や汗をかきながら見ていた。
途中でハッと気づいて慌てて手を差し伸べる。
「だ、大丈夫ですか?」
しかし公瑾は、その差し伸べられた手をちらりと見ただけで、自分の両手で体を支えて岸から上がった。
「あの、すいません……」
「……」
凍えるような深い青紫色の瞳が、彼の怒りを表している。
「……すいません……」
花はシュンと肩を落として小さくなり、謝るしかほかなかった。



季節は冬直前の秋。
ある日のこと、城の高い物見台から公瑾と花は城下を眺めていた。軍師たるもの、城下の地形や風土を詳しく知っておくべきだという理由で、たまにこうして二人で物見台や城下へと出かけることがあるのだ。
『え?あそこに見える川ですか?』
花がそう言って城下の端を流れている川を見ると、公瑾はその川を指で指し示した。そしてその指をぐるっと回して反対側にある小高い山へと向ける。
『ええ、あちらに見える山に源流があります。途中が滝になっていて今の季節は紅葉が美しく見頃でしょう』
『そうなんですかー……』

そういえば日本にいた頃は、小さい頃から家族で秋には紅葉狩りによく出かけてたっけ。
お弁当を作って車で……

花が日本にいた頃のことを少し寂しく思い出していると、公瑾が『行ってみますか?』と花の顔を覗き込んだ。
『え?山にですか?』
『そうです。馬で半日ほどですし、しばらくは暖かい日が続くようなのでちょうどいいでしょう』
『でも、公瑾さん、忙しいんじゃ……』
玄徳との同盟の件で、最近の公瑾は忙しそうだ。同盟がきちんと成立するまで花と公瑾の婚姻は待つことになっていたので、一体いつまで待たなくてはいけないのかと花は少し不安になっていたのだ。二人で出かける余裕などあるのだろうか?
花がが首をかしげていると、公瑾は優しく微笑んだ。
『あなたの希望を聞く時間くらいある、と以前にも言ったと思いますが。それに、今は玄徳殿の返事を待っている状態なのです。ですから一日、二日なら休暇もとれるでしょう。いかがですか?』
もちろん嫌なはずなどない。花は満開の笑顔で『行きたいです!』と返事をし、公瑾も嬉しそうに頷いてくれたのだ。

そして今日。
城のすぐ近くで治安もいいし、公瑾と一緒にいて手を出すような怖い物知らずなどこのあたりにはいないだろうということで、厨房で簡単なお昼を作ってもらって、二人で朝から馬で出かけた。花は馬に乗れないから公瑾の前に座って。
滝は小さいながらも結構な迫力で、その上周りの紅葉した木々と、落ちた葉で、まるで錦絵のような美しい景色が作り出されており、花はこの世界に来て初めての紅葉狩りを公瑾を二人で存分に楽しんだ。
大きな岩の上に敷布を敷いて、食べきれないほどたくさん作ってくれたお昼を食べて。馬にもエサと水をあげて。
冬が近いだけあって日陰はさすがに寒いけれど、陽の光があたっているところはポカポカと暖かく、いつも忙しい公瑾も今日はゆっくりとリラックスしていて、いろんな話ができて花はとても楽しかった。
だからついつい調子に乗ってしまったのだ。
流れてきたひときわ赤い葉を取ろうと、小川に身を乗り出してしまった。その時足が滑り、あやうく滝壺に落ちそうになる。
当然ながらすぐそばにいた公瑾が抱きとめてくれたが、勢い余って公瑾に倒れかかった花に、今度は公瑾がバランスを崩してしまったのだ。二人は伸びていた枝を掴んだのだが、運が悪いことに公瑾が掴んだ枝だけ、途中でポキリと折れ………そして冒頭のシーンへと続く。


「あの、……さ、寒いですよねさすがに……どうしよう。どこかで着替え……でも着替えなんてないですよね……」
オロオロとあたりを見渡している花に、公瑾は溜息とともに苦笑いをした。
「……あなたと二人で出かけるのですから、こうしたちょっとした事件が起こる可能性は想定しておくべきでしたね」
「……すいません……」
決してトラブルメーカーなどではないつもりなのだが、結果としていつも公瑾に迷惑をかけてしまっている。
毒矢のことを思い出して、花は暗い顔になった。そんな花の顔を見て、公瑾は諦めたように微笑んだ。
「いいんです。あなたが無事でよかった。私は……そうですね、さすがにこの季節でこの時間にこの姿で帰るのは厳しいですね。特に急いでいるわけでもありませんし、着替えて服を乾かしてから帰っても構いませか?」
「も、もちろんです!」
ゆっくりとピクニックを楽しんでいたせいで、もうすっかり日は陰っていた。太陽は地平線の近くにおり、あと少しすればとっぷりと日が暮れてしまうだろう。気温もそれに連れてドンドン下がっている。どこかで服を乾かさないと風邪をひいてしまう。でもどこで……
「ここに来る途中に小屋を見ました。多分冬に木こりや狩人が利用する臨時の小屋だと思います。そこを借りましょう」
公瑾は馬をひくと、濡れた姿のままで歩き出した。花もまとめたピクニックの袋を抱えて後を歩く。しばらく歩くと、確かに公瑾が言ったとおりの小さな小屋が木々のあいだから見えてきた。丸太で組まれた簡単な作りだが、外にはちゃんと薪もおいてあるし井戸もある。馬をつないでおく軒下もあり、粗末ながらも必要なものは全て揃っていた。
小屋の中には、簡単な作りの暖炉がある。そして板張りの床の端には乾燥した藁の束が山盛りに置いてあった。
「公瑾さん、これを焚付にして……って……きゃああああああ!」
振り向いた花は、公瑾を見て思わず悲鳴を上げた。
マントと上着を脱ぎ捨てて服の裾をまくりあげて脱ぎかけていた公瑾は、花の悲鳴に驚いたように動きを止める。
「……失礼しました。さすがに冷たくて早く脱ごうと思い、つい……」
「い、いえ…いいえ!当然ですよね。は、は早く脱いでください。叫んだりしてすいません。私、外から薪を持ってきます!!」
花はそう言うと、目をつぶったまま手探りで扉を開けて、外へ飛び出した。

びっびっくりした……!びっくりしたびっくりしたびっくりした!

パッと目をそらしたものの公瑾の裸は花の瞳にしっかりと焼きついていた。公瑾は寒かったと思うが、濡れた髪から雫が滴り、服が肌に張り付いてとても色っぽかった。

肩が広くてがっしりしてて、筋肉が綺麗についてて……あ、でも腕周りは特にすごく筋肉がついてた気がする。やっぱり剣を使うからかな。持ったことあるけど、あれってすごく重いんだよね。あんなの振り回してるんだからあの腕があんなに太くなるのも当然なのかな。でも他はすっきりしてて、でも着やせするタイプなのかも……

せっせせっせと無駄にきびきびと薪を持ち、花は冷静になろうと頭を振る。頬が熱いからきっと赤くなっているんだろう。こんな顔で小屋に戻って公瑾と顔を合わせるのは恥ずかしい。
日が暮れてすっかり寒くなった風に顔を向けて、花は頬を冷やした。
「あの、薪、とってきました」
ドアを開けると、ちょうど公瑾は暖炉の前にしゃがみこんで焚付に火をつけたところだった。明るい光が公瑾の整った鼻筋に深い陰影をつける。
立ち上がった公瑾を、花はまじまじと見た。
「それって……」
「ええ、昼食の時に下に敷いた布です。かなり大きいので、私の体もこのように隠れますし」

隠れてないです……

花は脇を向きながら赤くなる頬を隠した。
スカートのように腰周りに床に擦るくらい長く一巡させて、残った余り布を上半身に背中から前へと回している。公瑾の言うとおり大きな布なので、背中を覆うような形にはなっているが当然ながら前ははだけており、布の隙間から胸板がさらされている。
「女人の前でこのような姿を晒して申し訳ありません。服とマントが乾いたらすぐに着ますので」
申し訳なさそうな公瑾の言葉に、花は気まずさを忘れて慌てた。暖炉の上の部分に、公瑾の服が広げて干されている。
「い、いえ!元はといえば私が悪いんだし、公瑾さん、乾いた布があってよかったです。風邪ひかないといいですね」
「そんなにヤワではありませんよ。……しばらく時間がかかりそうですし、座りましょうか?」
「はい」

乾燥した藁の束の上に二人は座った。昼の残りもまだたくさんあるし、水もある。
暖炉の横には鍋もあったので、公瑾はそれでお湯を沸かしてくれた。
「どうぞ。ただのお湯ですが体があったまります」
小屋にあった椀を渡されて、花は礼を言った。
「ありがとうございます。……公瑾さんってなんでもできるんですね」
公瑾は、手際よく自分の椀にもお湯を注ぎ、火から鍋を外し火加減を見て薪をもう一本くべている。
「そうですか?あなたが何も出来なさすぎるのでしょう」
「……」
「火もおこしたこともないし馬にも乗ったことがない、かといって縫い物がうまいわけでも舞が上手いわけでもない」
公瑾の羅列に、花は小さくなって椀のお湯をすすった。公瑾はそんな花をちらりと横目で楽しそうに見る。
「まあでも、覚えは早いと思いますよ。軍略も閃もそうですが頭の回転は早く深く考える性質なのでしょう。これから覚えればいいいのですよ」
珍しくフォローしてくれている公瑾の言葉に、花は嬉しそうに微笑んだ。
「はい!ありがとうございます」
そう言って頷いた拍子に、手に持っていた椀が大きく揺れ、中のお湯が花のブラウスにこぼれた。「あっ」
「花殿!大丈夫ですか?やけどは!?」
公瑾が慌てて立ち上がる。
「大丈夫です。お湯ももうちょうど冷めてたみたいで、あったかいぐらいしか感じませんでした。……私も濡れちゃいましたね」
困ったように花が笑うと、公瑾も笑った。
「今日は二人とも散々ですね」

「ほんとですね。ちょうど火もあるし、私も脱いで乾かしていいですか?」

花の無邪気な一言に、公瑾は目を剥いた。しかし彼女はそんなことには気づいていないようで、さくさくといつも来ている羽織を脱ぐと、ブラウスという名の白い服の裾を引っ張り出し、ボタンと下から外しだす。
「……花殿、待ってください」
「え?」
無邪気な瞳で自分を見上げてくる花に、公瑾は心の底からため息をついた。




「それを脱いでどうするのですか?」
「……?暖炉の前に広げて乾かそうと」
「そうではなくて」
公瑾は思わず声を荒げてしまった。「服をどうするかを聞いているのではなく、あなたはどうなさるのかと聞いているのです」
「私がどうするか、ですか?」
意味がわからない、というように首をかしげている花に、公瑾はいらいらと告げた。
「それを脱いで、あなたはどんな格好になるか想像できないのですか?」
「ああ……大丈夫です。下着は着ていますし、羽織は濡れていないので、それを羽織れば……」
「そうではなくてですね……」
公瑾はこれ以上どう簡単に言えば花に通じるのか頭を抱えた。男の……しかも花のことを好いている男の前でさくさくと服を脱ぐことにどう言う意味があるのか一から教えなくてはいけないのだろうか。
しかしそんな公瑾の苦悩に、花は無邪気に、さらに追い討ちをかけた。
「この羽織、玄徳さんからもらったんですけどほんとに便利で役に立つんです。内側に紐があるのでこれで結べばブラウスを脱いでも大丈夫かなって」
「……」
「ちょっと寒い時に一枚羽織たいなーっていうのにもぴったりだし、裾が長いんで結構防寒にもなるし、こうやって目隠しみたいに……」
花はそう言いながら胸元のボタンを外そうとして、ふと視線に気づいて顔を上げた。
そこには、公瑾が妙に黒い顔で花をじっと見つめている。
「……あの……?」
妙な雰囲気に、花はおずおずと聞いた。
水に濡れた!脱がなきゃ!と勢いで脱いでいたが、こうまじまじと見られると、水に濡れた服を乾かすためだけなのだがそういえば服を人前で脱いでたんだっけと、別の面にも気づく。
「えー……っと……私、外で脱いでいきますね」
干し藁から立ち上がって戸口に向かった花の手を、公瑾が掴んだ。
「なぜですか?外は寒いですよ、ここで着替えてはいかがですか」
「でも……」
「早く着替えないと体が冷えてしまいますよ。……ああ、火が弱まっていますね、焚付を足さないと」
花は、公瑾が干し藁を暖炉の火にたすのかと思っていたが、公瑾は藁ではなく花の羽織を掴んで立ち上がった。花が目を瞬いて公瑾を見ていると、彼はそのまま火の前にたち、花の羽織を火の中に投げ入れるではないか。
「こ、公瑾さん!何をするんですか!あ〜……」
花は慌てて駆け寄り、暖炉の中に落ちた羽織を拾おうとした。しかし既に遅い。羽織はあっという間に炎に包まれてしまった。
公瑾はなんの感情も現れていない瞳で、再び強く燃える炎を見つめる。そして薪をさらに足すと「これでいいでしょう」と、今度はその瞳で花を見た。
「公瑾さん!どうして……え?」
怒って公瑾を見上げた花は、彼の瞳がさらに静かに怒っているのを見てとって言葉を止めた。公瑾は花の手首を掴むと、そのまま藁の方へと向かう。
「どうして燃やしたのか、ですか?もうあなたには必要がないからですよ」
「でも羽織があるとあったかいし……」
「私がいくらでも差し上げます。金糸銀糸の入った豪華なものから、細い糸で編んだ天女の羽衣のようなものまで、いくらでも」
「そういう問題じゃなくて……」
花が反論しようとすると、公瑾が冷たく遮った。
「では、どういう問題なのですか。玄徳殿から贈られたものを大事に取っておく理由があるようでしたら、ぜひ知りたいですね」
公瑾の冷たくこわばった表情を見て、花はまたかと思いため息をついた。
「公瑾さんはおかしいです。私は公瑾さんの婚約者なのに、どうしていつもいつも玄徳さんとそうやって比べるんですか?」
「比べているのはあなたでしょう?」
「私は比べてなんていません」
「では、別にあの羽織がなくなっても構わないではありませんか。羽織が必要ということなら私が差し上げます」
「でも、今は着るものがないのに水に濡れちゃって寒いじゃないですか。あの羽織は寒さをしのぐために必要だったんです!」
「……」
公瑾は長い指で顎をなで、観察するように花を見下ろした。
「……寒さをしのぐために、ですか……」
「そうです。公瑾さんが勝手に羽織を燃やしてしまったせいで、私は濡れた服を脱げなくなっちゃったんです」
ふわりと肩を抱かれるように押されて、花は目を見開いた。そして次の瞬間、干し藁の束の上に仰向けになっている自分に気づく。目の前にはのしかかるようにしている公瑾。
公瑾はふっと微笑むと言った。
「濡れた服は脱がないといけませんね。それで寒いというのでしたら、私が暖めて差し上げましょう」
そう言うと、公瑾は手を伸ばしてきように花のブラウスの残りのボタンを外しだした。
「こ、公瑾さん…!ちょっ……」
「寒いのでしょう?……こうすれば、暖かいですよ」
公瑾はそう言うと、ボタンを外す指を止めて、今度は腕を回して花を抱きしめた。ほとんど裸の状態の公瑾の胸に抱かれて、花は目を白黒させる。
「あっ……あの、あ…」
パチパチという薪のはぜる音以外は聞こえない静かな山小屋。外はとっぷり日も暮れて寒く、小屋の中は暖かくさらに公瑾の腕の中は暖かい……というより熱い。必死で体を離そうと公瑾の胸を押し返す花の手を、公瑾は軽々と掴んで頭の上で押さえつけてしまった。
「……あ……」
この体勢に、公瑾のこの表情。
今なにが起こっていてこれからどうなるのか、女なら誰でもわかるシチュエーションだ。花は突然のことに頭がついていかず、どうすればいいのかわからず固まった。
目を見開いている花を、公瑾は静かに見つめる。
「……あなたは、もう少し自分の身を守ることについて学んだほうがいい。こんな状況で男の前で気軽に服を脱いだりほかの男の話をしたりしたらどうなるか、まるで考えなかったのですか?」
「服を……」
「そうです。あのように煽るのなら、自分の身を守れる保証があるときにしたほうがいい」
「あ、煽ってなんか……」
「いませんか?目の前であなたの白い肌を見た男がどうなるか知らないというのですか?ほかの男が贈った着物を素肌にまとうのを見て、婚約者がどう思うかも想像がつかなかったと?」
「……」
「知らなくても想像もつかなくてもかまいませんが、その結果こうなるといいうことは知っておいた方がいい」

公瑾は自分をよく知っていた。
ここで、このような状況で彼女に口づけをしたり肌に触れたりしたらいくら自分でも止めることはできないだろうとわかっていた。
だから、無防備な彼女を懲らしめることが目的で、それは今目の前でびっくりしたような顔でこちらを見ている花を見れば、目的は達成できたとわかる。
……もうすこし恐怖というか……抵抗したほうがいいとは思うが。
「私ですからこのような状況でやめてあげることができますが、ほかの男だったらこうはいかないということはさすがのあなたでもわかりますよね?」
「……」
「……わからないのですか?じゃあどうなるか、もう少しやってみましょうか?」
公瑾の整った顔が近づいてきて、花は慌てて声をあげた。
「わっわかります!わかりました!すいません!」
それを聞いた公瑾は満足そうに花から体を離す。
「わかっていただければいいのです。そもそもあなたは以前、まだ私たちが恋仲になる前に、いきなり抱きついてきたことがあったでしょう。あれから考えると、そもそもあなたは男に対して軽率なのです。ああいうことももう二度としないと約束してください」
「だ、抱きつく……?」
花は乱れた襟元を整えながら、おずおずと体を起こす。いきなり過去にさかのぼってほじくり返して責められているようで、花は首をかしげた。
「過去から帰ってきたときです。あなたは私に抱きついてきました」
「……ああ、そういえば……」
そういえば、帰ってきた喜びで思わず公瑾に抱きついてしまったことがあったっけ、と花は思い出す。

だけど別に誰でも彼でも抱きつくわけじゃなくて、一緒に過去に飛ばされて苦労してきた公瑾さんとあの場所に戻れたからつい、抱きついちゃっただけなんだけどな。なんていうか、ハイタッチみたいな。

しかしプリプリ怒っている公瑾にそんなことなど言えない。花は「はい、気をつけます」と答えた。
それを聞いた公瑾は満足そうに頷く。
「……部屋も暖まりましたし、今夜はここで眠って明日の朝に立つとしましょうか」
公瑾はそう言って暖炉へ向かい、薪をくべた。すっと伸びた背筋にバランスのとれた体つき。
暖炉の光に照らされている公瑾を見ながら、花はふと聞く。
「あの……でも、公瑾さんは『ほかの男』じゃないからいいんですよね?」
「は?」
花はまだ少し濡れているブラウスのボタンをしめながら公瑾を見てにっこりと微笑む。
「公瑾さんは婚約者だし、……玄徳さんからもらったものについては注意しますけど、他については特に警戒しなくてもいいのかなって」
「……」

だ か ら こ う い う 状 況 で そ う い う こ と を 男 の 前 で 言 っ て は い け な い と 先 ほ ど か ら …… !

いや、はっきりと言ってはいませんでした。確かに。彼女に言ったのは男の前で服を脱ぐなということと婚約者の前で他の男からの贈り物を身につけるなということだけでした。しかしその二つだけをしなければいいということではなく、要は男を煽るようなことをするなということを言いたかったのであって『警戒しなくてもいい』などと言われたらたとえ聖人君子でもそれにつけこもうという気がでて――

何をどこから突っ込めばいいか、感情と頭を整理している公瑾に、花は無邪気に続ける。
「だって、私は公瑾さんなら何をされても嫌じゃないし嬉しいし、公瑾さんは優しくてそんな無理やり、とかするような人じゃないし」

『何をされても嫌じゃないし嬉しいし』

さすがの公瑾も、花のこの言葉には思わずつばを飲んでしまった。しかもそのあとに天然で釘をさす(『公瑾さんは優しくてそんな無理やり、とかするような人じゃないし』)とは、恐るべき女性だ。思わず花の方へ一歩踏み出そうとし思いとどまり、いや、無理やりじゃなければいいということかと公瑾が考えていると、花がふあ〜っとあくびをした。
「あったかくなってなんだか眠くなっちゃいました……」
そう言って花は、パタっと干し藁の上に体を倒した。
「公瑾さんは寝ないんですか?私、先に寝ちゃってもいいですか……?」

だ か ら こ う い う こ と を 考 え て い る 男 の 前 で 無 防 備 に 眠 る な と …… !

ふるふると震えている公瑾に気づかず、花は藁の上で丸くなり気持ちよさそうに眠り込んでしまった。
結局公瑾が教えたことを花は全く分かっていなかったという事実と、目の前ですやすやと眠りだした無防備な彼女に対しての怒りと、『何をされても嫌じゃないし嬉しい』のなら本当に何をしてもいいのかという思いと、婚姻まではけじめをと考えていた自分の理性とで、公瑾はとても眠れそうにない。
そうして、裸の公瑾はくしゃみをしながら一睡もできないまま朝を迎えたのだった。







おしまい