【都督のラッキースケベ】


  

都督にも子龍くんみたいなラッキースケベを味あわせてあげたかったんです…




「花殿?いないのですか?」
部屋の扉の前で声をかけたものの返事が聞こえず、公瑾は中の様子に耳をすませた。
「花殿?」
コトリとも音は聞こえず、人がいる気配もない。
公瑾は一瞬ためらったものの、ゆっくりと扉を開けた。「花殿?」
中には誰もいなかった。椅子にかけられた上着や、机の上に乱雑に置いてある筆や書から、この部屋の主は公瑾が来る少し前に出て行ってしまったようだ。
「そういえば尚香様から読み書きについて教わると言ってましたが……もう行ってしまったようですね……」
公瑾は机の上の書を見た。
「しかし部屋にいないとなると……どうするか……」
花に渡した公瑾の笛を、少しの間だけ返してもらいたいのだが。
ちょうど信頼のおける楽器商が城に来ており、彼に手入れをして欲しいのだ。朝食のあとその旨を花に言い、花にも了解をもらっている。後で取りに行きますから、と花には言っておいたのだが突然の来客のせいで遅くなってしまった。笛のある場所はわかっているし……
「婚約者なのですし、少しくらいならいいでしょう」
公瑾はそう独り言を言うと、寝台の奥にある衣装部屋に立った。透かしの入った飾り板の扉を開ける。
そこは衣装部屋としては結構な広さがあり、花の服以外にも履物やカバン、そのほか細々としたものが収納されており、人も楽に入れるような広さとなっていた。
公瑾は迷わず奥へと進み、壁沿いに置いてある収納だなの上の箱を開ける。
「ああ、これですね」
その中には、以前公瑾が花と城下の楽器屋に行った際にあげた笛が入っていた。公瑾がその笛を取ろうとしたとき、風でも吹いたのか衣装べやの扉がバタンとしまる。

おや……

とは思ったものの、別にこの時代にオートロックがあるわけでもないし、扉は透かし模様がふんだんに入っているため外の様子も見えるし陽の光も入ってきて明るい。公瑾は特に動揺もせずに内側から扉を開けようと手を伸ばした。その時。

「忘れ物忘れ物!」
バタバタと騒々しい音がして、花が部屋に入ってきた。公瑾は驚いて扉を開けようとしていた手を止める。
「えっとー、あの書は……あ、あったあった、これ。これとあとは……」
ばさばさと音を立てながら、花は慌てたように何かを探している。
公瑾のいる衣装部屋の飾り扉の内側からも、その様子ははっきり見えた。

はあ……

公瑾はため息をつく。

まったくどうしてあの人はああそそっかしいのか。……いや、そそっかしいというよりは何も考えていないといった方があっているかもしれないですね。

別にこのまま衣装部屋から出て行ってもいいのだが、彼女は急いでいるようだし忘れたものを持ってすぐに出ていくだろう。突然衣装部屋から出てきて脅かすのもなんだし、笛の件についてももう朝の時点で貸してほしい旨は彼女に伝えて了解をもらっている。変に説明をするのも面倒なので、公瑾はこのままここでしばらく待って、彼女が出て行ってから自分も衣装部屋から出ることにした。
花は、衣装部屋に公瑾がいるとも知らずに書を二冊と筆記用具を集めている。
「よし、これでいいよね。じゃあ……あっ!」
突然花の悲鳴が聞こえて公瑾がそちらを見ると、机の上に飾ってあった花器を倒してしまっていた。しかも少し上の方に置いてあったため、中に入っていた水をかぶってしまったようだ。
「やだ、びちょびちょ……もうー!急いでるのに……!」
花がそう言いながら散らばった切花を集めているのを見て、公瑾はまた心の中でため息をついた。

そそっかしくその上何も考えていないというのが正解ということでしょうか。結婚したらもう少し落ち着きのある毎日を送れるように彼女にいろいろ指導しなくては。

そんなことを考えながら彼女の方を何気なく見た公瑾は、その光景に目をむいた。
当然のことながら、花は濡れた衣を着替えるために帯をほどいていたのだ。
しゅるしゅるという衣擦れの音と共に、一番上の羽織ものを脱ぎ、その下の服もあっという間に脱いでいく。
花器にはよほど大量の水が入っていたのか、一番下に着ている下着まで濡れてしまっている。なぜそれが公瑾にわかったかというと、すけていたからだ。濡れたせいで。
「……」
下着の帯を解こうとしている花を見ながら、公瑾はしばし考えた。
これは……これはどうすればいいのか。今、このタイミングで声をかけるのはあまりよろしくない気がする。しかしこのままここで見ているのはもっとよろしくないだろう。いや、婚約しているのだから別に構わないような気もするが、しかし盗み見をするというのはそもそも……

考えている間にも花の手は器用に動き、帯を外してしまった。
「うわー濡れてくっついちゃってる……気持ち悪い……」
そう言いながら花は肩をはだけて内側についている紐をほどいている。公瑾は図らずも彼女のむき出しの肩に目を奪われて、思考が飛んでしまった。この状況における婚約者の適切な振る舞い云々よりも、そこはやはり男のサガで目の前の悩ましい姿に目がクギ付けになる。
内側の紐は濡れてしまっせいてなかなか解けないようで、花は悪戦苦闘していた。体を動かして覗き込むようにするたびに、肩から布がはだけ落ちていく。

これはなんの焦らしプレイか、いくなら一気に……!などと思わず思ってしまいそうなくらいの見えるか見えないかギリギリの状態で、花の下着はとどまっていた。
このまま見物していていいのかと、理性が脳内で忠告していたが、公瑾の体は動かなかった。いや、しかし、まずい。このままここにいるのはまずい。しかし彼女のあの格好はいったいどうすればいいのだ。ここで声をかけたとしても、あの姿の彼女ならこのまま何もせずに済ませられそうにない。
そうだ、彼女のためにも私はここでじっとしていたほうがいい。この衣装部屋から出てしまったら最後、彼女に触れずにいることなど……

「花さーん?まだですか?」
バタン!とまた大きな音がして、部屋の扉が開き、今度は尚香がやってきた。
「遅いからどうしたのかと思って……あら?どうなさったんですか?」
「尚香さん、すいません。花瓶を倒して水をかぶっちゃったんで着替えようと……」
「あら、そうだったんですね。着替えはどこですか?衣装部屋?」
そう言って寝台の方へと尚香は歩き始めた。

まずい!

公瑾の全身から一瞬にして血の気がひく。しかし尚香はもちろん何も気づかないまま、寝台の横を通り過ぎて、公瑾がいる衣装部屋の扉に手をかけた。
「尚香さん、そんな、いいです。自分でできます」
「いいんですよ、これくらい。あ、そういえば」
心の中で絶叫している公瑾の前で、尚香は扉に手をかけたまま後ろの花を見た。そして聞く。
「前に渡した塗り薬、使ってみました?」
「あの、肌がすべすべになるっていうやつですよね?はい。すごくいい匂いがして毎晩使ってます。ありがとうございました」
「肌にあったんですね、よかったです」

は、話すなら……!話すなら、早くこの部屋をでてゆっくりと東屋ででも話したらいかがでしょうか……!!!

目の前で、公瑾に気づかずに明るく花と話している尚香に、公瑾は脳内で必死に場所を変えることを勧めた。しかし当然ながらそんな声は聞こえない尚香は、透かし扉に手をかけたまま花と会話している。
「あれ、実は肌がすべすべになる以外の効能があるんですよ〜。花さん、あれ、どこにつけました?」
「え?普通に手と顔、ですけど……」
「あれを胸につけると胸が大きくなるそうなんです」
「ええ!ほんとうですか?」
「ほんとうです。城の女性たちの間では有名なんですよ。花さんも頑張ってください」
花は自分のささやかな胸を見下ろした。
「ほんとに大きくなるんですか?……が、がんばらないと」
「そおですよお〜!大きくなったら、私は公瑾に感謝してもらわないといけないですね!」
突然自分の名前が出てきて、公瑾は衣装部屋の中で思わずむせそうになった。
「こ、公瑾さん…ですか?」
花が赤くなりながら首をかしげる。尚香は笑いながら言った。
「そうですよ。公瑾は喜ぶと思いますよ」
「……公瑾さんは大きいのが好きなんですか?」

……まずい。

衣装部屋の中で公瑾はいたたまれなさと今すぐこの場から消えてしまいたいという思いとで脂汗を流していた。
この会話の流れはかなりまずい。
別にこんな会話をして欲しいと言った覚えもないのだが、だが当人が盗み聞きをしていたとわかったらかなりまずい会話の流れだ。
ようやく公瑾の頭と体が動き出した。

そうだ、ここでぼんやりと見つかるのを待っている必要はない。幸いこの衣装部屋は広い。あの長い衣の後ろなら人一人くらい隠れられるかも……

「くしゅん!」
「あら、たいへん。花さん濡れたままで風邪ひいちゃいますね。関係のない話をしていていすいません。今乾いた下着を出しますね」

バン。という扉を開けた音。
強く差し込んでくる外の光。
そして目を見開いて固まっている、君主の妹………

「きゃああああああああ!こっこっこここここ公瑾!こんなところで何をやっているのです!!!!!」

尚香の叫び声が城中に響き渡り、公瑾はまぶたを閉じた。




夕方遅くに、公瑾は仲謀の執務室に呼び出された。
いつ来るかいつ来るかと思っていたのがようやく来たのだ。 いっそのこと早くすべてを終えてしまいたいと思っていた公瑾は、すぐに執務室に向かった。
仲謀の執務室にいたのは、仲謀、子敬、尚香、それに……花。

大喬殿と小喬殿がいないだけ、まだましですか……

奇妙なものを見るような顔をして自分を見ている面々を、公瑾は逆に見返した。
「お呼びとのことでしたが」
公瑾がそう言うと、仲謀が「……あー……ゴホン!」と咳払いをした。
「尚香から聞いた。それで皆で話し合ったんだが……」
何をとも言わずとも誰も異議を挟まず、仲謀は続ける。

「お前、花と結婚しろ」

「……」
そうくると思っていた公瑾は、相変わらずの無表情で沈黙を続けた。仲謀は大きくため息をつく。
「お前と花との結婚は、玄徳や孟徳の動きがある程度落ち着いてからと思ってたが、こんなことになっちまったからにはさっさと結婚したほうがいい。お前の地位と考えれば式は盛大になるだろうから、準備の時間はかかるが……」
「待ってください」
公瑾はようやく口を開いた。「今は孟徳が虎視眈々と力を蓄えている時ですし、玄徳殿も油断ができません。当初の予定どおり、せめて玄徳殿との同盟がもう少し安定してから、私の式を挙げるのがよろしいかと思いますが」
尚香が公瑾から目をそらして困ったように言う。
「私たちもそう思っていたんですが……でもこんなことになってしまった以上……」
「先ほどから『こんなこと』『こんなこと』とおっしゃっていますが、そもそも私が花殿の衣装部屋にいた理由は、尚香様にさんざんご説明したかと思いますが。なぜそんなに痛ましいものを見るような目で私が見られなくてはいけないのでしょうか」
冷たい声で公瑾がそう言うと、仲謀はガシガシと頭をかいて言いにくそうに口を開く。
「……衣装部屋にお前が入った理由は尚香から聞いた。それはまあ……別にいいんだよ。……なぜ花が部屋に入ってきた時になんですぐに声をかけなかった?」
「ですからそれも説明したはずです。笛を取りに来ることには了承をいただいていましたし、彼女が急いでいたようだったので私が急に衣装部屋からでて説明するよりも、彼女が出て行ってから私も衣装部屋から出ようと」
「うーん……まあ100歩ゆずってそれもいいとしてもだ。花が服を脱ぎだしたときになぜ黙っていた?」
「だからそれは……」
「いや言わなくていい!」
仲謀に手のひらを向けて言葉を止められて、公瑾は黙る。
「理由も尚香から聞いた。突然のことで驚いて出にくくなって戸惑ってるうちに、ってやつだろ?……まあでも同じ男だからな、ほかの理由ももちろんあっただろうし、それについて俺は責める気はないしわからんでもない。な?子敬」
隣りにいた子敬も相変わらずの表情のままうなずく。公瑾は言い返す。
「いいえ、違います。私は終始、このままではまずいと思っておりました。決して喜んでなど……」
言い募る公瑾を、今度は尚香がきつく止める。
「公瑾!この件で一番傷ついているのは花さんなのですよ。あなたがよからぬことを考えて衣装部屋にいたとしたら、そんな人と婚約している花さんはどう思うと思いますか?」
「だからよかったではないですかと申し上げているのです。私はよからぬことなど考えておりませんでしたので。どうやって穏便に衣装部屋から出るかとそのことだけを……」
言えば言うほど皆の憐れむような視線が強くなり、公瑾は苛立たしげに言葉を止めた。そして先程から何も言っていない花の方を見る。
「花殿。あなたは……あなたも、私が不埒な理由から衣装部屋に隠れていたと思っているのですか?」
急に自分に話しかけられて、花はぱちぱちと瞬きをした。
「いえ……あの、いいえ。そんな風には思っていません」
「花殿!」「花さん……!」「ほう……」
皆が一様にそれぞれの思いを込めて花を見た。
公瑾は勝ち誇ったように「ほらご覧なさい。わかる方はわかっているのですよ」と言ったが、仲謀たちの表情は、
(あいつもすっかり公瑾に言いくるめられちまってんなあ)
(……花さん、お優しい方なんですね……)
(ふおっふおっ、純真な方ですなあ)
という、花に対する同情を隠そうとはしていなかったのだった。

話は終わり、公瑾は花と二人で仲謀の執務室を辞した。
二人で廊下を歩きながら公瑾は安堵のため息をつく。
「あなたが信じてくださって嬉しいですよ」
花はきょとんとする。
「それはだって……公瑾さんは覗きなんてしないと思うんで。逆になぜみなさんあんなに頭から公瑾さんを疑ってかかっているのかそっちのほうが不思議でした」
花の回答ににこやかに微笑んで頷きながらも、公瑾は心の中で花の純真さに感謝していた。
あまり男の性欲や欲望について知らないらしい。

……まあ、真っ白な布を染め上げていくのも楽しいでしょう

公瑾が満足げに微笑みながらそう考えていると、花が言いにくそうに公瑾を見上げた。
「あの……公瑾さん、衣装部屋の中にいたんですよね?」
「ええ、図らずも」
「その……本当のところはどうなんでしょう?見え……ましたよね?」
「……」
真っ赤になっている花を見ながら、公瑾はなんと答えようかとしばし考える。
「それはまあ……ずっと目をつむっていたと言うつもりはありませんが……」
かああああああ!と音がしそうなくらい真っ赤になる花を見て、公瑾もなぜか胸の奥がむずむずとざわめく。
「その、どこまで見たんでしょうか」
「どこまで、とは?」
「……む、胸とか……見ましたか?」
「いいえ」
公瑾はその問には即答した。
「見えそうでしたがぎりぎり見えませんでしたよ」
言葉の端々に残念だという意味が含まれていることに、花は気づいていない。花はほっとしたように肩の力を抜いた。
「そうですか……。その、尚香さんとの会話とかも聞いちゃいましたよね?」
「尚香様との会話……?ああ、胸が大きくなるとかいう塗り薬の話でしょうか?」
花の顔が再びばばっと赤くなる。
「は、はい、その話です。その……私、その……そんなに胸が、胸が……だからその塗り薬を塗ろうと思っているんですが、どう思いますか?」
「どう、とは?」
裸は見ていないが尚香とのガールズトークを聞いていたことについて不満を言われるのだろうかと、公瑾は首をかしげる。
花は耳まで赤くしてうつむいたまま言った。
「だから……公瑾さんは大きい胸と小さい胸とどっちが好きでしょうか」

公瑾はこれまでの人生において、すべての物事を論理的に考えて正しい方、得する方、勝てる方を選び選択してきた。
親友伯符の死に打ちのめされて時が止まっていた時は、さらにそれに自分の命を計算にいれないことで冷酷なまでに正解ばかりを選ぶことができた。

しかしこの問いだけは、どう答えるのがいいのかわからない。

A)大きい胸が好きです
B)小さい胸が(でも)好きですよ
C)適度な大きさが好きです
D)あなたの胸ならどちらでも好きです
E)私はそういった事に興味はありません

今日の流れを見るとEが一番正解なような気がする。そういったことに興味のない人物だと思ってもらえれば、衣装部屋でのぞきをしていたという疑惑はさらにはれるだろう。しかし今度、結婚してそういうことに興味がない人だと思われ続けるのは、これは困る。Bを言えば花殿は安心するのだと思うが、なぜ花殿の胸が小さいと知っているのかやはり今日覗いたのかという話になりそうだ。(服の上からでも見ればわかるし、馬に乗せた時や矢からかばったときなど体が触れ合ったときに当然わかる)。Aは論外だがCは……男にある程度詳しければCが一番信ぴょう性があり無難な返答なのだが、花殿の純真さを思うとCを答えると傷ついてしまいそうだ。Dがいいか……いやしかし「胸が好きです」と言い切ることには抵抗がある。Cを言ったあと、しょんぼりした花殿に「今後成長とともに大きくなりますよ」と言う合わせ技がいいか。しかし「本当ですか?」と聞かれたら男の私にはわからないから困る。ではCを言ったあとに「私が大きくしてあげますよ」と言うのはどうだろうか。いやしかしそれはあまりにも……

ひと呼吸の間にすべての解を考え尽くした公瑾は、考えうる中で一番安全だと思える回答をした。



「秘密です」











おしまい