【掌中の珠 1】 


  

孟徳×花、ED後です。いろんなルートがまじってます。
丞相はねえ……怖いです。ED後も。
呉や蜀と違ってアウェー感半端ないなかで一人女子高生が孤軍奮闘……(´;ω;`)頑張って!花ちゃん!ちょーしのってる丞相を花ちゃん色に染め直してあげてください!










利用する、利用される。

悪いこととも思わないし、自分がされても不快にも思わない。
逆に利用したいと思われるような存在であるという自負さえある。利用価値すらないような無力な男になるつもりなどさらさらない。
相手が欲しているものを与え、その代わりに自分が欲するものをもらう。
どちらも損をせず得しかしない、いい関係じゃないか?

だけどやさしいあの子はどうしてもそれが理解できないみたいで……





「え?玄徳さんたちって今日到着するんですか?」
隣で起き上がった花を、孟徳は片目だけを開けて見た。そして反対側に寝返りを打つ。「そーらしいよ、使者によれば」
停戦協定がなり、皇帝への目通りとあいさつもかねて玄徳たち一向は許都に来ることになっていた。花はそれを聞いてからいまかいまかと待ちかねていたのだが、ようやく今日玄徳たちが到着するという。
「私、玄徳さんたちといつ会えますか?公式な場とかじゃなくていいです。芙蓉姫も師匠も来るって言ってたし、きっと雲長さんや翼得さんも来るよね。子龍さんにも会えるかなあ…!」
ウキウキと話す花に、孟徳は背を向けたまま言った。

「君は会っちゃダメ」

花は持っていた上かけを離して孟徳を見た。そして背を向けている孟徳の顔をを覗き込むように身を乗り出す。
「どうしてですか?」
「どうしても」
「そんな……そんなのは納得できないです。みんなもきっと私に会いたいって言ってくれると思います」
「……」
それはその通りだ。使者が持ってきた玄徳からの個人的な書簡には、訪問の際にはぜひ花に合わせてほしい旨が書いてあった。ご丁寧にも今、花が言った面々皆、とても花を懐かしがっていると。長坂橋で別れて以来とても心配していたと。
孟徳は寝返りを打ち、覗き込んでいた花と間近で顔をあわせる。
「君は……今の君の立場は微妙なんだよね」
「微妙、ですか?」
花の顔にかかっている髪を彼女の耳にかけてあげながら、孟徳はきょとんとした花ににっこりとほほ笑んだ。
「そ。今の君はこういう立場でしょ?」
孟徳は『こういう』と言いながら、一つの寝台に二人で寝て朝を迎えている状況を指し示した。
「利用したい奴にとってはとんでもなく価値がある」

孟徳の言葉をしばらく考えるように、花は黙り込んだ。
これは孟徳の、花の中で好きなところの一つだ。
彼女は一つ一つの出来事を、ちゃんといったん自分の中に取り込んで『自分の』答えをだすのだ。『孟徳の気に入る答え』や『波風が立たない答え』や『周りのみんなが納得するような答え』ではなく、『花の答え』を。
それはたいてい『孟徳の気に入る答え』ではない場合が多いのだが、ひねくれているようだが孟徳が好きなのはそこだった。
今も、『花の答え』を聞くのを楽しみに、返事を促したりせずに彼女が口を開くのを待っている。

「……玄徳さんは利用価値があるかどうかで人を判断したりする人じゃないです。たとえ周りの人が私を利用するように玄徳さんに言ったとしても、玄徳さんはきっとそれを受け入れないと思います」
花もきっと子玉のことを思い出しているのだろうと孟徳は思った。再々請われても、玄徳は決して荊州をわがものにしようとはしなかった。孟徳に言わせればアホの極地だが。
あの時素直に荊州を手に入れ素早く守りを固めていたら、その後の戦火はなかったかもしれない。ぐだぐだと力の空白地帯を作ってしまったせいで各国が手をのばし戦いが飛び火した。
「子玉のこと?あれは俺に言わせれば最悪の悪手だね」
「え?ああ……子玉さんのこともそうですけど、私が思ってたのは私が初めて玄徳さんに拾われた時のことです」
孟徳は興味を惹かれた。その時のことは少しは聞いていたが正式に聞くのは初めてだ。
「玄徳さんにしてみれば、唐突に現れた変な服を着た女の子だったと思います。師匠の……伏龍の伝言を伝えてきたとしても、玄徳さんが面倒をみて何の得にもならないのに、仲間にしてくれました」
「君に恩を売っておけば、伏龍の心象がよくなると思ったんじゃないのかな?」
花はまたもや少し黙って孟徳の言葉を考える。そして首を横に振った。
「違う、と思います。そんなことは考えてなかったんじゃないかな。そのあとだって師匠がどこにいるかとか、師匠だったらどうすると思うかなんて聞かれなかったんです。それどころか迷子の面倒を見てくれてる感じでした。玄徳さんのところはこんな立派なお城じゃなくて、大きな家みたいな感じで、お父さんやお母さんを戦いで亡くした子供たちがたくさんいたんです。私はその中の、大きな一人、みたいな感じでした」
花はその時のことを思い出したのか、ふふっと笑う。
孟徳の知らないことをやさしい笑顔で思い出している花を、孟徳は寝台に肘をついて眺めていた。
「玄徳さんはその子たちともすごく仲が良くて一人ひとりちゃんと話を聞いてあげてて。家族と離れて知らない世界に来たばかりだった私はとっても安心したんです。だから……なんていうのかな、玄徳さんたちはこっちの世界での私の実家、みたいな感じなのかもしれないです」

その時、扉をたたく控えめな音がした。そして廊下から侍女の声。
「失礼します。……あの、丞相に朝議が始まると伝えるようにと文若様から言われまして……」
「ああ……わかった。すぐ行くと伝えてくれ」
孟徳はそういうと、寝台から起き上がった。
「花ちゃん、この話の続きはまたあとでしよう。でも俺の結論は多分変わらないよ」
「孟徳さん…!そんな!どうしてですか?普通に家族に会うみたいな感じで、利用するとかそんなことにはなりません」
孟徳は椅子にかけてあった着物を手早く羽織り、帯を締める。
「利用するしないは置いておいて、玄徳のことを話してた君の顔が幸せそうだったから、ダメ」
そういわれた花は、驚いたように目をぱちぱちと瞬いた。
「え?顔が幸せそう?」
「じゃあね。玄徳たちが来てパタパタするから、この棟からは出ないように。夕方ごろ一回顔を出すよ」
「孟徳さん!そんな…今日玄徳さんには会えないんですか?」
孟徳は扉を開けながら花に言った。

「今日も明日もね。玄徳にはダメ」










まあ、ね。
立場が微妙とかそういうのはほんとはあんまり関係ないんだけど。

着替えて朝議の場へ向かって歩きながら、孟徳はがりがりと頭をかいた。
そうだ。関係ない。
単純に、花を玄徳に会わせたくないだけだ。

なぜだろう、と孟徳は自分で考えてみる。
理由があってのことではなく、感覚的に、直感的に会わせたくない思ったのだ。そしてこれまでの経験からいうと、こういうカンのようなものは結構あたる。
他の男だったら……と考えてみると、少し引っかかりはするがきっと許すだろうと孟徳は思った。
花の師匠である孔明がきたら、雲長がきたら……『少しだけだよ。早く帰ってきてね』とは言うだろうが行かせると思う。
だが玄徳には会わせたくない。
花の中であの男は特別な場所を持っている、だろうと、どうやら自分は思っているらしい。そういうカンはいい方だから多分当たってるとも思う。本人たちも気づいていないだろうが、何か一つきっかけがあればお互いの気持ちがどう転ぶかわからない……ような気がするのだ。
そしていったん転んでしまったら。
あの二人の性格からしたら、多分花の心が自分のところに戻ってくることはないだろうと、孟徳は確信していた。
花はそんな器用なことはできないだろうし、あの純粋バカの玄徳は、きっと花を受け止める。

孟徳はそれほど独占欲は強くはない方で、自分のものでいてくれるのならその女性が一度や二度ほかの男と浮気をしてもとくに気にはしていなかった。それでその女性が自分の前で機嫌よくいてくれるのなら何の問題もない。実際自分もそうなのだし、孟徳がずっと育ってきた社会では、お楽しみの浮気は男も女も容認されている。
だが、花はこれまでの女性たちとは違う。
彼女自身がそういう常識の社会に育っていないというのは言葉の端々から感じられたし、そのせいで彼女は多分浮気はできないだろうと孟徳は思っていた。彼女がほかの男に惹かれるときは、きっと浮気ではなく本気の時だ。
会わせたくない、が、会わせないでいたら花は不満に思い、孟徳に不信感を持つかもしれない。玄徳たちの方も花に会わせてもらえないことで、本当に花は幸せなのか、何か隠しているのではないかと痛くもない腹をさぐってくるかもしれない。
そんなふうに変に二人を押さえつけたせいでこじらせて、親愛の感情が恋心に転換されてしまうこともありうる。
「……」
孟徳が考えながら扉を開けると、中の長机にはいかめしい顔した重臣、武将たちた勢ぞろいしていた。
上席にいた元譲が言う。
「来たか、孟徳」
「ああ、待たせた。では朝議を始めようか」
孟徳が後半を皆に向かって言うと、部屋の空気がピリッと張りつめる。
孟徳は席に着きながらつぶやいた。
「ま、どこまでいっても会わせなきゃ問題ないかな」
たとえ、彼女が心の中では玄徳を思うようになったとしても、もう孟徳が彼女を手放すことはない。だが彼女の心の中にほかの男はいない方がいい。

どうするか……

孟徳はそこで考えるのをやめ、朝議の内容を聞く方に集中した。





「孟徳さん、どうしてあんな風にいうんだろう。まだ信用してくれてないのかな」
この棟からでるなと言われた花は、それでも玄徳たちの様子がうかがえないかと、客を迎える正殿に一番近い門へと向かって歩いていた。
「あ、見張りの人がいる……やっぱり行けないか」
小さな門だったが兵士が一人立っていた。しかし花はあきらめきれず、とりあえず行くだけ行ってみようとそちらに歩いていく。
何食わぬ顔で門を通ろうとしたところ、その兵士に顔を覗き込まれた。
「……申し訳ありませんが、ここをお通しすることはできません。お戻りください」
腕を伸ばされてとうせんぼのようにされて、花はしかたなく立ち止まる。
「あの……向こうに行きたいんですが通してもらうわけにはいきませんか?」
「丞相の奥方様ですよね?通すなと言われおりますので申し訳ありませんがお通しすることはできません」
すでにこんな兵士にまでそんな命令がきているなんて、孟徳はそもそも花を玄徳に会わせるつもりはなかったのかと、花はむくれた。

門からが無理なら、どこか抜け道はないかな。こんなに広いお屋敷がたくさんあるんだからきっとどこかに……

「どこかからこっそり抜け出そうなんて考えないでくださいね」
それを察した兵士から先手を打たれて、花は素直に謝った。
「……すいません」
ぺこりと頭を下げ、花は遠慮がちにつづけた。
「でも、私が勝手にこっそり抜け出したんだったなら、兵士さんは知らなかったんだから問題はないですよね?」
「そういうわけにはいきません。私は衛兵ですので、門だけを守っていればいいわけではありません。あなたをこの棟から出すなという命で主に門の周りを守っているだけで、門さえ通さなければいいというわけではないのです。私のきづかないうちに抜け出されていたということになったら、私には仕事を遂行する能力がなかった、もしくは怠慢だということで罰を受けなくてはいけません」
「そんな……そんなのおかしいです。そんなことになったら私が孟徳さんに言ってなんとかしてもらいます」
兵士は笑って首を横に振る。
「そんなことをされたら私は今度は本当に殺されてしまいます。あなたとの仲を疑われて」
「そんな……」
「身分の高い方の命令は絶対なんです。私も田舎から出てきた当初はわからなくて、よく殴られたものです」
田舎から出てきたというその若い兵士は、たしかに純朴そうな顔をして人のいい笑顔で花に笑いかけた。
「でも、それがあるからこそ規律が保たれていて、規律が保たれているから余計な争いがおこらないのだとわかりました。規律を守ることはとても大事なことです。命令がおかいしいかどうかを考えるのは私の仕事ではなく、それを守ることが私の仕事なんです」
「……」
そういわれて、花は反省した。
自分の気持ちばかりを考えて、自分の行動のせいで罰を受けたりしなくてはならなくなる人のことを考えていなかった。

孟徳さんの恋人になるってそういうことなんだ……

それまでは自分一人、何の価値もない単なる女の子だったのが、『孟徳の寵姫』となった途端周りに与える影響が変わる。

変なことにならないよう気をつけなきゃいけないんだっていうのはわかったけど、でもだからって孟徳さんの言うことを全部きかないといけないのはおかしいよ

それに、玄徳に会いたいのは単に懐かしいからとか、唐突な別れについて謝りたいからだけではないのだ。
花はしばらく考えて、自室とは別の方向へと踵を返した。

朝議が開かれている方向へと歩いていくと、ぞろぞろと文官武官が歩いてくる。
「終わったのかな」
心持速足で、花は朝議の場所へと向かった。角を曲がろうとした時孟徳の声が聞こえた気がして、花は足を止める。
「……彼女はもうわが軍の人間だし、玄徳軍とも通じてなどいない」




「孟徳!」
元譲に呼び止められて、文若と話していた孟徳は振り向いた。
「なんだ」
「劉備玄徳との会見だが、だれが出るんだ?」
「俺とお前と、こいつと……」
孟徳は、自分、元譲、文若と指をさす。「あとはさっきの朝議の場にいた何人か、だな」
元譲は少し迷うように眼を泳がせて、再び聞く。
「……あいつはどうするんだ?」
文若が口を開いた。
「あいつとは、あの娘のことですか?」
元譲がうなずく。
「玄徳たちと会いたがるだろう」
孟徳が口を開こうとしたとき、ほかの文官が話を耳にしたのか会話に入ってきた。
「反対ですな。国と国との正式な会見の場に、そのような私的な人間を置くべきではない」
もう一人の武官もうなずく。
「そうです。あの女性はもとはといえば玄徳軍の軍師。なにをたくらんでいるのかわかったものではない」
「玄徳軍といまだに通じてる可能性もある」
そうだそうだとうなずきあっている文官と武官たちに、孟徳が聞いた。
「彼女を玄徳たちに会わせて、何が起こるとお前たちは心配してるんだ?彼女はもうわが軍の人間だし、玄徳軍とも通じてなどいない」
武官が首を横に振った。
「それはもちろん丞相はかわいがっていらっしゃるからそう思うでしょうがな。それに実際本当に通じていなかったとしても、女の不用意な言葉の端々をつなげて、わが軍の動向や内情を推察する者が出てくるかもしれません。今回の一行にはあの諸葛孔明もいると聞いています。巧みに会話を運ばれて、情報を引き出される可能性がないとは言えないでしょう」
孟徳の眉間のしわが深くなった。
「彼女の口から洩れた情報ぐらいで、わが軍が壊滅するような事態が起こるというのか?情報が流れたら流れたで俺がそれに対処できないとでも?彼女は何も知らないし、たとえ情報が渡ったとしてもその前提で裏をかくように動くぐらいわけないことだ」
武官はぐっと言葉につまる。
「それはまあ……謁見の間で顔を合わせる程度なら問題ないのかもしれませんな。皆がいるのならあちらも不用意な質問もできないでしょうし」
しかし文官はそれでも首を横に振った。
「いけません。正妃というわけでもない女性を正式な会見の場に同席させるのは、要らぬ混乱を招きます」
孟徳は今度は文官を見た。
「いらぬ混乱とは?」
「前例がない、ということです。公私混同として丞相に対する批判がでるかもしれませんし、国としての格が下がります。それに、それだけ丞相にとって重要な存在ならばと彼女を利用しようとする輩が出てこないとも限りません。」
孟徳はため息をついた。
「私的に会うのも、公的に会うのも、どちらもだめというわけか」
歩き出した孟徳に元譲も続く。
「だが……そこまで大層な話ではないだろう。少しくらいなら会わせてやっても……」
元譲がそう言いかけた時、ちょうど角の所で影になっていた花に気が付いた。
「おまえ……」
孟徳も気づく。
「花ちゃん」
先ほど反対していた文官と武官たちも花に気が付いた。
文官は一瞬驚いたようだが、すぐに慇懃に頭を下げる。
「お聞きになっておいででしたか。そういうわけで、元いらした玄徳軍の方々とお会いするのはあきらめていただくようお願いいたします」



いかめしい顔をした文官に頭を下げられて、花は一瞬孟徳に伝えに来たことを言うのはやめようかと思った。
孟徳が何も言わないところを見ると、文官たちの言うことに反対しているわけではないのだろう。実際朝二人の時にも、玄徳に会うのはダメだと言われたばかりだ。

でも……それはそうかもしれないけど、玄徳さんがどんな人たちで、私とどういう関係なのかっていうのはこの人たちは知らない。
この人たちが気にしているのは国と国の関係のことだけなんだよね。どう言えばいいかな……

「あの、三国の停戦協定が成ったと聞きました」
花がそういうと武官がフンと馬鹿にしたように笑った。
「だからなんだというのですかね。停戦したから即友達というわけにはいかんのですぞ」
「お互いに警戒し続けなくてはいけないということはわかります。そのためには接触を断つよりもいろんなところから情報が入ってきた方がいいんじゃないですか?」
文若が聞いた。
「どういうことだ」
「正式な外交の道以外にも私のような個人的な道があってもいいんじゃないかなって。もちろんそんな国にかかわるような話は私もしないですし、玄徳さんたちもしないと思います。でもどんな様子なのかお互いに知っておくことは悪いことじゃないと思うんです。そこから何か情報を流したりできるかもしれないし……」
言いながら、武将たちの冷たい視線に手が震えるのを感じたが、花が言い続けた。
「やってみてやっぱりダメだっていうことになったらやめればいいんだし、今何もやらない状態で最初から道を閉ざすことはないんじゃないんでしょうか」
今度は文官が馬鹿にしたように聞く。
「正式な外交の道ではない……とおっしゃると、要は謁見の間で皆のいる前で会われるわけではなく、個人的に玄徳殿たちと会いたいということでしょうか。その際にはあなたからどんな情報がでたのか、こちらとしてはどうやっても把握しようがございませんな。そのような危険なことは最初から避けた方がいいかと思いますが」
「私一人で玄徳さんたちに会いに行きたいわけじゃないです」
花はひるむ心を奮い立たせて孟徳を見た。

「私、孟徳さんと二人で個人的に会いに行きたいと思っています」

それを聞いて、今まで黙っていた孟徳は驚いた顔をした。
「俺と二人で?」
同時に武官も文官も大きな声で笑い出す。
「何をおっしゃられるのやら!丞相自らなぜ玄徳殿のところに行かねばならんのか。あなたは玄徳軍とわが軍との力関係を認識していらっしゃるのか。来るのなら玄徳殿の方から来るのが筋でしょうに!」
「それに、停戦協定がなったとはいえつい先日までは血で血を洗う戦いをしてきたのですぞ。のこのこと出かけていって丞相に何かあったらどうなさるおつもりか!」
元譲と文若が渋い顔をしているのを横目で見て、でも花は最後まで自分の気持ちを言おうと決めた。
言わずに後悔するよりも自分の気持ちをちゃんと言って笑われた方がいい。

「わ、私は、孟徳さんと一緒に玄徳軍のみんなに会いたいんです。丞相としての孟徳さんじゃなくて。お世話になった玄徳軍のみんなに、私から孟徳さんを紹介したいんです」
花がそういうと、孟徳が聞いた。「紹介?」
皆も怪訝な顔をして花を見ている。
孟徳を知らぬものなど玄徳軍にはいないだろう。

花はうなずいて孟徳を見る。
「私が好きになった人ですってみんなに孟徳さんを紹介したいです。これからこの人と一緒に生きていければって思ってるって。……心配してくれてるみんなに、私からちゃんと説明したいんです。心配しなくても大丈夫ですって」

花がそういうと、皆は一瞬のまれたように沈黙した。
キョトンとしたような雰囲気の中で、一番最初に文官が我に返った。
文官が焦ったように、「な、何を馬鹿なことを……」と言い出したのとほぼ同時に、孟徳が大きな笑い声があたりに響いた。
「あっはっははははは!そうか!なるほどね」
笑い続けている孟徳を、皆があっけにとられたように見る。
孟徳はしばらく笑いつづけ、ようやく収まったころに皆を見た。
「丞相としてではなく曹孟徳としての俺に用があるそうだ。お前たちの負けだな。……まあ俺の負けでもあるけど」
文官が顔を真っ赤にして反論する。
「何をおっしゃるのですか!丞相自ら会いに行ってなにかあったら……!」
「俺の城で俺が指定した部屋で、俺自らが会うのに何の危険がある?待ち伏せもできないだろうし、剣の携帯は許可しなければいいだろう。それにどんな情報をだしてどんな情報を引き出すかは俺がすべて管理できる」
孟徳はそう言い捨てると、文官たちの前を通り過ぎて花の肩を抱いた。そして歩き出す。

「紹介してくれるのか、楽しみだなあ。じゃあおめかししないとね」
花は後ろに残された皆を気にしながらも、孟徳につれられるがまま歩き出した。
「そんな…おめかしなんていいです。普通の服で」
「そうもいかないよ。君の実家なんでしょ?娘さんを幸せにしますって言うのに気楽な服じゃかっこつかないし失礼だよ」
「そうでしょうか……」



話ながら去っていく二人を見ながら、元譲はつぶやいた。
「またうまく孟徳を扱うものだな」
文若もつぶやくように答える。
「うまく扱うという意識なく扱っているところが末恐ろしいですね」
言い負かされて隣で赤い顔で震えている文官と武官をちらりと見て、元譲と文若は反対側に歩き出した。
「『私が好きになった人です』か。そんなことを言われた孟徳が浮かれまくっているのが目に見えるな」
元譲が言うと、文若も微笑んだ。
「丞相ではなく曹孟徳として、というのは面白い論理だと思いました。八方うまく収まりましたね。あの娘、意外に策士なのやもしれませんな」
「なにしろ伏龍の弟子なのだそうだから、当然だろう」
「なるほど」
二人は楽しそうに話しながら歩いて行った。