【掌中の珠 2】 


  

掌中の珠の続きです。ED後。いろんなルートがまじってます。 ちょっと艶表現があるかな?ぬるいですが。




「あんなに世話焼きの心配性だとは思わなかったな」
夜、孟徳が寝台に寝転んでそういうと、花は「え?」と聞き返した。孟徳はちらりと花を見て答える。
「芙蓉ちゃん」
「ああ……」
先日の対面のことかと花は苦笑いをする。

結局、花は孟徳と二人で玄徳たち一行に会いに行ったのだ。まさか孟徳が来るとは思っていなかった玄徳たちは驚き、あきれていたが。
花が真っ赤になりながらつかえつかえこれまでの経緯を皆に説明すると、一番最初に玄徳がにっこり微笑んでうなずいてくれた。
『お前が幸せならそれで十分だ』
次に孔明が。『探していた道がこれとはね。びっくりだけど、まあいいんじゃない?面白い道だとは思うよ。たいへんだろうけど』
あとはもう皆が口々に花との思い出や花がいなくなってからの玄徳軍の話をしてくれて、たいそう盛り上がった。
隅で玄徳が『相変わらず手がお早い』と皮肉交じりで言い、孟徳が『自分に正直なものでね』と余裕で交わしているのを聞きながら、花は芙蓉と話していた。
『ほんとに?ほんとにいいの?考え直したらいつでも帰ってきていいからね。ううん、考え直さなくてもいつでもおいで。ちょっとでも嫌なことがあったら帰ってくるのよ。あ、嫌なことがなくても帰ってきていいから……』
結局はとにかく帰って来いという意味の言葉を連発しており、孟徳はそれを聞いていたのだろう。

「……失礼ですよね、孟徳さんに」
すいません…とあやまる花を孟徳は抱き寄せた。
「それほど君を大事に思ってるってことだよ。横からかっさらったのは俺だけど、ここにとどまってくれてほんとに嬉しい」
自分の上に乗っていいる花の、まぶた、頬、耳元、と孟徳は口づけを落とした。

手に入れたのにいつも不安でどこか心もとないのはどうしてだろう、と孟徳は彼女を抱きしめながら考えた。
この腕の中にちゃんといるのに、まるで霞をつかんでいるような……違う世界から来たからだろうか?こうして手で触れて口づけをかわし、すでに抱いてさえいるのに自分のものになったという感じがしない。子どもでもできれば変わるのだろうか。
孟徳が口づけを深めると、花は素直にそれに応じた。
柔らかくなっていく花のあたたかい体に、孟徳はゆっくりと沈み込んでいく。
「孟徳さ……」
甘いため息ともに呟かれた自分の名前を、孟徳は彼女の唇とともに飲みこんだ。


「……どうしてみんな、孟徳さんのことをあんな風に見るんでしょう?」
まったりとした、いわゆるピロートークで花はぼんやりとそう言った。
「あんな風って……ああ、ひきつった感じ?」
的確な表現に花は笑った。
「そうですね。警戒してるっていうか……」
「そりゃあ戦争してた相手の総大将だからねえ。いきなり心は許さないよ」
「残酷で、冷酷非道で、人を人とも思わない……」
花が羅列する言葉を孟徳は特になんとも思わずに聞いていた。聞きなれた言葉だ。
だが、花が最後に「女好き」と言うと、ガクッと力が抜ける。
「ちょっと待ってちょっと待って。そりゃあ女の子は好きだけどね、それは男ならみんなそうだよ。俺は正直なだけ」
花は腕枕の上で孟徳を見上げる。
「全部私の知ってる孟徳さんとは違いますね」
その澄んだ瞳を見て、孟徳の茶色の瞳はやさしくなった。「そう?」
「私の知ってる孟徳さんを玄徳さん達に伝えたかったんですけど、芙蓉姫があんなに心配してたってことはうまく伝えられなかったみたいです」
孟徳は彼女から視線を外して天井を見た。
「うーん、それもある意味真実だからね。あいつらが警戒するのは当然だよ」
「そうなんですか?」
花はふと、一番最初に孟徳と出会ったときを思い出した。歯向かわない民衆の荷車を焼き、それを平静な瞳で眺めていた。憎しみも喜びも何もないまなざしで。あの火で火傷を負った子供もいたし、家財道具一切を焼かれてそのあととても苦労した人も多い。そうなるように命じたのは孟徳だ。命じたということは、あの民たちがどうなってもいいと思ったということだろう。
そうだ、確かにあの時自分は……花は、孟徳のことを怖いと思ったのだ。
その瞳に憎しみがあればまだそれほど怖くはなかったのかもしれない。でもあの時の孟徳を見て背筋がゾクリとしたのを、花は覚えている。
そんな花の表情を見ながら、孟徳はふときいてみた。
「そうだよ。それも俺。君のことは大事だけど、国を治めるために必要ならやることはやるってところは多分変わってないよ。そんな俺を、君はこれから見るかもしれない。そうしたら君はどうする?」
彼女がどう返事するか興味がある。
孟徳は花の顔を覗き込んだ。
花はいつものようにしばらく考え込んだ。
「……わからないです。その時になってみないと。状況にもよると思いますし」
その返事を聞いて孟徳は吹き出す。
「あれ?そうなの。何があっても孟徳さんの味方です、とは言ってくれないんだ?」
花はまた考えこんだ。あの時、荷を焼かれ子どもの服に燃え移った火を必死になって消している母親の表情が目に浮かぶ。
「……わからないです。孟徳さんのことはずっと好きなままだと思います、けど……」
「けど?」
「……わからないです」
彼女の瞳はまっすぐで、孟徳は真剣の刃を突き付けられたように感じた。
だが花のこういうところが、孟徳は好きなのだ。
絶対権力者で自分の生死を左右できる力を持っている丞相、孟徳に媚びることがない。それでも孟徳のことを好きだという。普通なら女性は孟徳にいかにして好かれるか愛されるかで寵を競うものなのに、花の前では孟徳が必死になって好かれようとしてしまう。
「前に、書庫のおじいさんが言っていた、孟徳さんの家族の話がありましたよね」

親兄弟を殺された孟徳は烈火のごとく怒り、その州牧へと攻め入った。そして女子供も含めおびただしい数の人間を殺した。
人の体で川がせき止められたほどだという。
もう勝敗は決まっており、無抵抗なものばかりになり、味方からも殺戮はやめるよう注言があったが、孟徳は一切聞かずすべてを殺し、焼き尽くした……

孟徳は黙って花を見つめる。
花はつづけた。
「私が知ってる孟徳さんじゃないみたいで、話を聞いたときは怖かったです。でも、孟徳さんも『若くてバカだったころの話』って言ってたし、元譲さんも文若さんもいるし、もうそんなことにはならないと思います。だからたぶん、もうずっとわからないままなんじゃないかなって思います」
「君は、俺のそばにいたかったって言ってくれたよね」
花はこくんとうなずいた。
「お友達に裏切られて家族を亡くして攻め込まれて……つらかった時にそばにいたかったです」
孟徳は花を見てにっこりとほほ笑む。

「多分、君がさらわれたりケガしたり殺されたりしたら、同じことをすると思うよ」

さらりとした言葉だが内容はきつい。
花は聞き間違いかと、「え?」と顔をあげた。孟徳はいつもと同じ笑顔でもう一度言う。
「君に害をなした奴を国ごと全部殺す。一族郎党はもちろん一国すべて。人間だけじゃなく、その地に住もうとすら思えなくなるくらいに徹底的にね」
「……」
やさしい目でそういわれて、花は言葉を返せなかった。大きな瞳を見開いている花のおでこに、孟徳はちゅっとかるくキスをする。
「だから、勝手に危ないことをしたり危ないところにいかないようにね」