【掌中の珠12】 


 
「ん……あっ……」
花のくちびるからため息のような小さなつぶやきが漏れる。
「孟徳さん……もう、行かないと……」
弱弱しい花の声。対する孟徳の声は楽しそうだ。
「君の中にいるのに?今、俺が行っちゃってもいいの?」
意地悪に問いかけながらも、孟徳の腰は滑らかに動く。
「だって……あっ」
布に覆われてはいるものの、窓からは朝の光が部屋に零れ落ちていて薄暗い。
孟徳に目覚めさせられた花の体は柔らかく溶け、孟徳を夢中にさせていた。
まだどことなく固い胸の先端を指でいたぶりながら、孟徳は花の好きなところを集中的に突いた。
「今日は、手ごわいね」
なかなかいこうとしない花に、孟徳は言った。「廊下で待っている侍女が気になる?」
「んっ……」
孟徳の動きに漏れ出そうになる声を、花は必死で抑えた。
「だって、聞こえちゃう……」
「だから俺の部屋に移っておいでって。君の部屋は狭いから、こういう時の声も廊下に控えている侍女に聞こえちゃうけど、俺の部屋なら大丈夫だよ」
「あ、あ……あっ」
急に激しくなった孟徳の動きに、花はもう彼の言葉を聞いていなかった。我慢していた大きな波が花をさらい、周囲の状況を忘れさせる。
「もうと、くさ……だ、だめ……あっ」
花の脚を抱えて、孟徳はさらに深く入った。中の感触と花の様子から、彼女がもういく寸前なのがわかる。
「花ちゃん……花…っ」
「あっっ…」
小さく叫んで、花は一瞬のけぞると、そのあと小さく痙攣をした。

花がいくようになったのは最近だ。初めてだった花は、当然ながら痛がり、慣れるまで時間がかかった。
そんな花の体も心も、ゆっくりじっくりとほぐしていくのは、孟徳にとっては最高に楽しかった。そしてほぐした後の彼女の体も反応も、孟徳を夢中にさせる。
「ああ……っ」
花が締め付けてくるのを感じながら、孟徳は同じペースで花の弱いところを何度もこすりあげる。
「孟徳さんっ……いやっ」
逃げようとする花を捕まえて孟徳の腰は律動を繰り返した。いったすぐ後に何度も刺激をおくり続けると、女性というのはさらに深い快感に飲まれることを孟徳は豊富な経験から知っているのだ。
まだ経験の浅い花だが、そろそろその深さについて知ってもいいころだ。
「ああっ、あ、あ、あああ……!」
花はもう意識が飛んでいるのだろう。部屋の扉のすぐ外に、朝の支度のために侍女が控えていることも忘れて快感の声を上げている。
それがまた孟徳を満足させ、それと同時に興奮させる。
華奢な花の体を折れるほど抱きしめ、孟徳は激しく突き上げた。それと同時に、花が再びいったのを体で感じる。
「あっ……ああ……あ……」
ぐったりと弛緩した体を抱きしめ、孟徳はまだ動く。「孟徳さん……もう……もうだめ……お願い……」
潤んだ瞳で見てくる花の目じりの涙を、孟徳はキスで拭った。
「だーめ。もっともっと気持ちよくならないと」
「もう、だめになっちゃう……」
「だいじょうぶ。俺がちゃんと抱き留めてあげるから、安心して何度でもいって」
「あっ……ああっ……孟徳さんっまた…っ」
孟徳は取り乱す花に深く口づけをしながら、さらに深く深く彼女を貪った。


孟徳は、寝台の横の長椅子にかけてあった自分の長衣を羽織ると、廊下に続く扉を開けた。
そこには、花が気にしていたとおり侍女が二人控えている。
中の声は丸聞こえで、なにをやっていたのかなど当然わかっているのだろうが侍女たちは慣れているのか平静だった。
侍女とはそういうものなのだが、花が気にするのだ。
「何か軽く食べるものと、お茶を持ってきてくれ。そしたら呼ばれるまで下がっているように」
「はい」
扉を閉めると、寝台は悩ましく乱れ、ぐったりとうつぶせで眠り込んでいる花の裸の背中が見える。

今日はめずらしく書類仕事だけでしかも急ぎは無い。仕事は午後からでいいだろうと孟徳はあくびをしながら再び寝台へ戻った。
花から聞いた定期的な休み……週末といったか?の仕組みはなかなか効率的かもしれないと思い、城内で導入してみたのだが、ゆっくりできる時間があるのはとてもいい。
他のみなも平常の業務時の集中力があがり、効率を考えるようになり、導入してみてよかったと孟徳は今日の休日に満足した。
食事とお茶が来てから、彼女を起こす。
「花ちゃん、お茶が来たよ。軽く何か食べよう」
「ん……」
花は寝返りを打ったが目は開けず、両腕だけを何かを探し求めるように伸ばす。
「ん?」
たまたまそこにいた孟徳はそのまま彼女の腕に抱かれるようにして、また寝台に横になってしまった。
「……」
気持ちよさそうに抱き付かれたまま、孟徳はしばらく花が起きるのを待つ。が、起きる様子はなかった。
「はーなちゃん?起きないの?」
返事はスーッスーッという気持ちよさそうな寝息だけ。
「……まあ、別に用事があるわけでもないし……」
幸せそうに眠っている彼女を起こすのも忍びない。特に緊急の用事もないことだし。
孟徳はそっと彼女の首の下に自分の肩をいれて、腕枕をし彼女を抱えるように横向きになった。花は寝ながらもぬくもりが気持ちいいのか孟徳の胸にすりよる。
それがまたかわいい。
孟徳は幸せな気分になって、花と二人で朝寝という怠惰な幸せを貪ることにした。

しばらく寝て、のんびり起きて、二人でお茶をした後。
孟徳と花は果物を食べながら花の部屋でくつろいでいた。
花は寝椅子に腰かけ、孟徳は花のひざまくら。そして時々花に剥いてくれたブドウを口に入れてもらう。
「おいしいですか?」
少し恥ずかしそうな花に、孟徳は大満足だ。
「うん。いい朝だな〜。これも君の言う通り定期的に休みの日を作ったおかげだね」
「土曜日と日曜日ですね」
花は孟徳を見下ろしてにっこりとほほ笑んだ。
世間からは猛獣のように敬われ畏れられている孟徳だが、こうやって花の膝の上で甘えているのはかわいい。まだこんな関係になる前に触りたいと思った彼のふわふわの茶色の髪も、今は触りたい放題だ。
「そうそう。君の世界の話を聞いていいなって思ったんだよね」
その時のことを思い出して、花はほほ笑む。

孟徳は生来の好奇心の強さから、花のもといた世界……現代の日本の話をよく聞きたがった。
法律や行政、その他の世の中の仕組みはもちろん、花の日常がどんなだったのか、何を食べ、どんなところで眠り、家族や親せきはなにをやってどうかかわっていたのか、当時皆が楽しんでいたことは、医療は教育は……彼の好奇心は尽きない。
たまたまその日は、花の日常の話で、父親の仕事も花の学校も、月曜日から金曜日は働いたり勉強をするが、土曜日と日曜日は一般的には休みだという話をしたのだった。
『もちろん、土日にお客さんがいっぱい来るようなお店はお仕事があります』
孟徳は長い指で自分の顎を撫でながら興味深げに花の話を聞いていた。
『ふーん。ってことは、そういうお店の人は休みがないわけか』
『ああ、いいえ、違います。土日にはやすまないですけど、平日……月曜日とか火曜日とか、そういう風に交代で休みを取ります。私がいたところでは、休まずに毎日働くっていうのはなかったです。あ、もちろん農家とか牛さんを育ててるとかで世話が毎日いるとこは別ですけど』
『なるほど……つまりは、そういう毎日世話が必要な仕事をしている人間の数が君の国には少ないってことだね。そういうことを専門にやっている国から……なんだっけ、輸入?してるってことか』
一を聞いて十を知る、というのは孟徳のような人のことなんだと、花はいつものことながら驚く。
『商売や農民に休みを定期的に取るように言うのは難しいけど、ここの官にはできるな。確かにだらだらと気まぐれに仕事したり休んだりするよりは効率があがるかも』
孟徳の目がきらりと光り、実行に移すための手段について頭の中であらゆる角度から検討しだしたのが花にはわかった。
こうなるとしばらく彼は外の世界を忘れる。
花はそういう集中した時の孟徳を見るのが好きだった。
わくわくするのだ。
花には想像もできない世界、感覚で、この世の中の複雑な糸を編み込み一本の太く美しい縄にしていく過程を、目の前で見られることに興奮する。それが、いつもそばにいる孟徳だということに、さらにドキドキする。
縦横無尽に飛び立って、広い空を飛び回る色鮮やかな不死鳥のようだ。生命力と意志の強さが美しい。

その時のことを思い出して、花は少し頬を赤らめで膝の上で気持ちよさそうに目を閉じている孟徳を見た。
獰猛な虎を手なずけた時の気持ちは、きっとこんな感じに違いない。
そしてふと、先ほどの孟徳との交わりを思い出す。自分の上で快感にひたりながら自分を攻めていた時の、彼の表情を思い出して、花は真っ赤になった。
固くなった花の体の変化に気が付いたのか、孟徳は片目を開けて花を見上げる。
「どうしたの?」
「い、いえ……」
花はごまかすためにまたブドウの皮をむいた。孟徳は不思議に思ったようだが特に追及するつもりはないらしい。
「また何か話してくれない?君の世界のこと」
花に口に入れてもらったブドウを食べながら、孟徳がそう言った。
「私の世界のことですか?でももうたくさん話したような……どんなことが聞きたいですか?」
「ん〜…そうだなあ……」
そしてその日は、現代日本の旅行についての話になり、そこから飛行機についての話になった。

「空を飛ぶの?」
「そうなんです。わたしもよく原理はわからないんですけど……遠くの場所とか、それにのって普通に行きます。私も一度乗ったことがあります」
「へえー……ほんとに夢物語みたいだな、君のもといた世界は」
花は日本を思い出してうなずいた。
「そうですね。あの時はそれが普通だったんですけど、ここで思うと魔法の国みたいです」
孟徳が膝の上から手をのばし、花の顔にかかっている髪を耳にかけた。
「そんな世界からこんなところに、俺のためにきてくれてありがとう」
にっこりと至近距離でほほ笑まれて、花は赤くなる。「べ、べつに孟徳さんのために来たってわけじゃ…あれは事故みたいなもので」
「でも、ここにいてくれるのは俺のためなんでしょ?」
自信たっぷりの言葉に花は言葉に詰まった。それはそうだけど、面と向かってそういうのはなんとなく負けたというか、恥ずかしいと言うか。
「……まあ、そう、です」
真っ赤な顔で視線をそらしてそう認めた花に、孟徳は幸せな気持ちに充たされた。
口だけで『あなたのために』という女はたくさんいる。部下も、親族にも、友人にも。
孟徳が本当に望んでいること、やりたいことなど知りもしないくせに気に入られるためにそういう言葉を吐く者はたくさんいる。というかほとんどがそうだ。生き残るためには権力者におもねるのは当然のことで、孟徳もそれについて何も思っていなかったのに。

今は彼女の、この不承不承の言葉がとてもうれしい。

この子は違う。
彼女だけは。

心のどこかでそう思ってる自分を冷静に見ている自分もいる。
前にもあっただろう?『こいつだけは』と思ったやつが。そのあとどうなったか散々わかっただろう?
権力の傍、能力のある人間の傍にいるのは人をおかしくする。純粋に『孟徳』そのものを見続けるのは難しい。それは太陽が昇ってまた沈むと同じくらい普遍の、人間の摂理なのだ。
彼女だってその摂理から離れられない。
そうしてまた自分は傷つくのだ。
築き上げてきたものをすべて壊されて、自分自身も粉々に。
解きかけた心が再び冷たく固まるのを感じる。
彼女にはわからない。……いやわかっているのかもしれないが受け入れてくれている。孟徳が最後の最後で彼女を信用していないことを。この世で孟徳が信用しているのは自分だけであることを。
そしてそれに孟徳が甘えていることも。







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